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宇部市鎮守 琴崎八幡宮は縁結び・安産・育児の神と、交通安全の神を祀る由緒ある神社です。

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琴崎八幡宮ご案内

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御挨拶
ご挨拶用写真

琴崎八幡宮は山口県内神社の大社として知られ、神社本庁の定める別表神社(全国350社・平成25年現在)です。
宇部市〈旧宇部村地区〉を守護する産土(うぶすな)神社として、初宮詣、厄除け、七五三、交通安全、安産などの各種御祈願、初詣、節分祭、春祭、秋祭、毎月1日に催される朝市など八幡様を慕い敬う参拝者で境内は賑わいをみせております。

また歴史研究の結果、後の靖国神社初代宮司 青山清(上総介)が琴崎八幡宮に於いて維新決起の為、禁門の変での責を負わされ自刃させられた宇部領主 福原越後の神霊合祀を執り行った日が、慶應元年(1865)五月十六日(維新招魂社縁起)であり、これがそのまま維新招魂社(現・宇部護国神社)の創祀日(慶應元年(1865)五月十六日〔靖国神社百年史 資料編下〕)になること、まさにこの日こそが「招魂社」の始まりであり、その後、長州藩は同年六月に朝日山招魂社、同年八月に桜山招魂社を創祀し、琴崎八幡宮に仮合祀されていた福原越後の御霊は翌年完成した維新招魂社にその翌年の慶應三年に遷座されました。このように長州藩内で行っていた招魂祭を東京でも行う為、長州藩洋学者 大村益次郎が社地を選定し、東京招魂社を建立し、後に靖国神社と改称されました。
これらのことから当八幡宮が靖国神社の源流となった神社であり、維新の歴史に深く関係する神社でもあることが判明しました。

交通の面では山口宇部空港、JR新幹線・新山口駅、山陽自動車道宇部インターなどからの交通の利便性もよく、駐車場も広くございますので、宇部、山口、萩などの観光コースとしても、ここ近年、九州、中四国をはじめ全国各地からのご参拝を頂いております。
また境内全域にイロハモミジを植栽し、『もみじ苑』として整備を進めております。
秋の紅葉シーズンはもとより、春・夏の青葉やその落とす影も涼しげで、是非ご鑑賞に参拝頂ければ幸いです。皆様方のご参拝を心よりお待ち申し上げます。

御祭神midashi
御祭神phot鳥居

祭神(さいじん)とは、その神社について、そこに祀られている神を指す言葉です。 通常、神社では複数の神を祀っており、その中で主として祀られる神を主神(しゅしん)・主祭神(しゅさいじん)、それ以外の神を配神(はいしん)・配祀神(はいししん)などと言います。祭神を主神・配神に分けるのは、明治時代に官国幣社で行われるようになったのに始まるもので「主神とそれ以外の神」という観念はそれ以前からあり、「前」「相殿神」などとも呼ばれていました。相殿とは、主神を含めて複数の神が祀られた社殿のことを指し、「相殿神」とは相殿に祀られる神のことですが、主神と配神とがある場合は配神のことを相殿神といいます。

主祭神・配祀神

 


御由諸midashi
御由諸phote

貞観元年(859)僧の行教が御舟で大分県宇佐八幡宮(現:宇佐神宮)より御分霊を京都石清水八幡宮に御勧請の際、海上の時化のため、宇部郷琴芝の浦に寄航し、御分霊をこの地に留めました。里人は御神徳を景仰して琴芝村八王子に祠を建立し、霜降城城主厚東氏からも城南の鎮守として代々尊崇されました。しかし、社地が海岸であった為、祠は長い年月を経て波や風雨にさらされ、やがて廃壊してしまいました。
寿永三年(1184)厚東氏七代目・武光が長門国守護職に任ぜられると、その地を訪れ、新たに社殿を建立するよう命じ、社地は西の宮に遷され社殿を造営し祭事を奉仕し代々崇敬されました。
のち、大内弘世が長門国守護職となり、永和三年(1377)僧の性禅と祀職の豊住がご神託を受けて西の宮から琴崎の地に奉遷されました。これが現在の社地であります。宮碑にはその時の様子が
『松柏薈蔚(しょうはくわいい)にして形琴瑟(きんしつ)の如く 潮松籟(しょうらい)と和す 名を琴崎という豊住(とよすみ)おもえらく 地は潔く景は勝る 神を住ましむるによろし』 と記されております。解釈すると『松の木や葉が生い茂り、三面海に囲まれた岬(崎)の形は琴のようで、波の音と松を通りぬける音がまるで琴の調べのように調和している。地名は琴崎という。私(豊住・当時の宮司)が思うに、清浄な地で景勝地である。よってここに社殿を建立するに絶好の地である。』となります。
藩主毛利氏の崇敬は更に篤く、永禄九年(1566)社殿造営にあたり、毛利元就は竺雲禅師を参拝させ寄進されました。領主福原氏は代々崇敬篤く、社領を献じ、元禄十年(1697)には、福原広頼が社殿を改造し奉られました。福原越後公は、常に当社に参籠し国事の遂行を祈請されたと記録に残ります。
明治六年に郷社に列し、昭和十年十月には、伊勢神宮の御用材を使用し壮麗なる現社殿が新築され、境内外も整備拡張されました。昭和十三年縣社に列せられましたが、戦後、社格制度廃止に伴い、それに代わるものとして特別な神社が別表に掲げられて別表神社と位置付けられ、当社も昭和四十一年七月に別表神社に昇格加列されました。

琴崎八幡宮縁起絵巻
上巻(縦32.9cm、全長182.2cm)、下巻(幅32.6cm、全長164cm) のこの絵巻は作者は不明、製作年代もそれを記した部分が欠けていて正確な年代も不明ですが江戸時代の資料「風土注進案」には、「絵巻を納めていた箱に、延徳3年(1491年)宇部村出身の僧融隣によって奉納されたという記述がある」と書かれています。
絵は水墨画調で、雪舟の弟子もしくは影響を受けた熟練した人の作だと思われます。

紙本着色琴崎八幡宮縁起絵巻

 

 

境内のご案内midashi

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アクセス
所在地

琴崎八幡宮(Kotozaki Hachimangu)
〒755-0091
山口県宇部市大字上宇部大小路571
Ooshouji571, Kamiube, Ube-shi, Yamaguchi, 755-0091, Japan

TEL:0836-21-0008

 

交通アクセス

琴崎八幡宮へご参拝の方は、こちらのアクセスマップをご利用ください。
遠方よりお越しの方は、各交通機関よりおよそ下記の時間でご参拝頂けます。
・山陽自動車道・宇部ICから市街地方面へ車で約3分
・山口宇部空港から国道190号線を西へ~国道490号線を北へ、車で約15分
・JR新山口駅から車で(国道2号線バイパス~宇部有料経由)、約20分
・JR新山口駅から車で(国道2号線経由~瓜生野交差点左折)、約30分

 

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